読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

チラシの裏でやれ

ただのひとりごとです

メンヘラの黒歴史の話

 

少し前のことを思い出せないときがある。

 

というか、ほとんど。

昨日どころか、今日学校で話したこともまともに覚えていない。記憶力が赤ちゃん並みになっている。昔は自慢だったのに。今日は球技大会のチーム決めしたことしか覚えてないのだが、わたしにしてはかなり覚えているほうです。

 

多分思い出したくないんだと思う。1秒前は黒歴史ですからね。

 

黒歴史といえば、わたしの黒歴史を辿ると長い。

一番最古の黒歴史は、3、4歳くらいのころ砂利を食べすぎて手術した。砂利を食べるのがかっこいいと思っていた。

 

幼稚園くらいだともう数え切れない。あんまり記憶が無いのだが嫌なことだけは死ぬほど覚えている。

小学校に上がってからは毎日黒歴史だった。野良猫を家で飼おうと決意してベッドの下で飼っていたりした。勿論その日に見つかって動物アレルギーの父(当時居候)に死ぬほど殴られた。生きてた。

小1のとき、家で冷凍みかんを作って皮が剥けずに、家で一番切れる包丁で剥いたところ左手の人差し指を盛大に切った。大量出血でタオルを4つくらい真っ赤に染めた。でもこれもかっこいいと思っていた。これも死ぬほど殴られた。

 

あと母の財布から1万円を抜き取ってたまごっちを買いに行ったりしていた。犯罪である。腐る程お釣りが来て焦ったわたしは、駄菓子屋で超大人買いをした。全然なくならなくって押入れに隠して案の定ばれて、これまた死ぬほど殴られた。

 

両親ともにパチンコ狂いで、パチンコ屋に入れられたりしていたので当時耳が全然聞こえなかった。でもそれが大人でかっこいいと思っていた。

 

小学校に入学してからは、まともに授業に出ていない。担任のおばさんに「あなたは友達ができないんだから諦めなさい」と怒られたことがある。「わたし友達出来ないんだあ…」と感銘を受けていた(バカ)。中庭の鯉に、校長と名前をつけていた。「山田」「松尾」「平田」とか知り合いの名前を片っ端からつけていて、区別なんてつかないのでみんな名前は日替わりだった。

それからすぐ引っ越しをした。引っ越し当日先生が家に色紙を届けに来た。半分以上「だれ?」だった。

 

引っ越し先は博多である。人見知りすぎて学校にはほとんど行かなかった。同じマンションのお姉ちゃんに良くしてもらっていた。転校するとき先生が家に届けに来た色紙には、やっぱりほとんどの子が「さようなら。誰ですか?」と書いていた。僕です。

 

今住んでいるところに引っ越して来てからも黒歴史続きである。

初めて担任になったおっさんに明らかにセクハラされていた。わたしに勃起と言わせるのがヤツの趣味だったが、純粋なわたしは何も知らずに連呼していた。膝の上に乗せられたり身体をベタベタ触られたりしていた。メールもしていて、誕生日には「愛してる」とメールが来た。わたしに死ぬほど金を使ってくれた。完全に援交みたいだった。そのおっさんはセクハラで飛ばされたと去年聞いた。

 

セクハラといえば、父も完全にそれである。わたしの風呂をわざと覗きに来る、寝てる間に身体を触る、起きてるときも触る、学校に送ってもらうときは必ず助手席で、太ももあたりをまさぐられながらわたしは座っている。無理やり身体を触られているときに母に叫んで助けてと言っても「近所迷惑だから静かにしなさい」としか言われないのでわたしはいつか両親を殺してしまいそうなのは別の話。

 

そんなこんなでわたしは男の人が苦手である。

 

そうそう、黒歴史の話だけど、人生がほぼまるまる黒歴史なので、もう逆に白いと言ってもいいかもしれない。いちばんの黒歴史は、いまこんな日記を書いていることである。

 

そういえば最近小説を読まなくなった。中学〜高2の前半くらいまでは死ぬほど小説を読んでいて、今邑彩真梨幸子大槻ケンヂがお気に入りだったのだが、最近はもっぱら小説を読んでいない。

読んでも、なんだか内容が頭に入らない。「今日は晴れ」と書いてあったら、読むのは読むんだが理解できない。うまく言えないのだが、内容が右から左へポロポロ落ちていく感じ。

だから最近は本を読んでいない。その感覚が気持ち悪くて教科書も読まない。読め。

 

お風呂に入っても、記憶がない。上がって体を拭いているとき「あれ、なにしてるんだ?」となって、「あ、お風呂入ってたんだった」と気付くことが多い。音楽もそうで、もう音楽が終わるぞ、というときに「あ、音楽聴いてたんだった」となる。最近バカが進んでいるみたいです。

 

もう何をするにも億劫で、立ち上がるのもトイレに行くのも億劫でもう布団から出たくないのだが、明日も学校に行かなければいけない、行かないと親が怒るので死んだ顔して門をくぐるのである。

 

その学校ももちろんうまく行っていない。楽しみなことが圧倒的に少ない。漫画アプリとアイドルのブログ更新とTwitterくらいである。現実的なものがほぼない。

 

少し前に気付いたことがある。

 

生きる理由、生き甲斐、生きたい理由がいくつあっても、死にたい理由がひとつでもあるとそれらはすべて塗りつぶされてしまう。どれだけ生きる楽しみがあっても、死にたい理由がひとつあれば「死にたい」に変わってしまう。

 

わたしはあんまり生きることに向いていない。

そんでもって、そんな人はたぶんたくさんいる。いるよね。仲間だね

 

言いたいことが案の定まとまらない。語彙力も文才もないので読みにくい。国語の成績は悪い方ではないんだけどなあ。

 

今日も生きます。今日も学校へ行きます。黒歴史をガンガンに刻みながら生きます。また明日。

メンヘラの生活の話

 

なんだか頭がカーッとしているのでもうひとつ書こうと思う。

 

わたしは今バイトをしている。これが死ねない理由(生きる理由ではない)であり、リストカットができない理由である。

高1の夏から始めたバイトはなかなか辞められなくなっており、8連勤して1日休んで5連勤したりしていた。大したことないと思わないでねしんどかったの。

 

某飲食店とだけ言っておく。高校行きながら働いて1日オフの日がほぼない生活が続いていたので、わたしはすっかり社畜に育て上げられてしまった。

 

リストカット出来ない理由は、制服が半袖だからである。飲食業でリスカの傷があっては働けない。

死ねない理由は、シフトが入っているからである。シフトに穴を開けて人に迷惑をかけるわけにはいかない。

そんな理由でわたしは死ぬことができない。本気で死にたいと思っていたのだが、明日のシフトは新人ばっかりだったしな…とか思ったら、次の日死んだような顔をしてバイト先に向かうのである。

 

笑い事ではない。

 

いや笑い事なのだが、わたしにとっては笑えない。理性とは邪魔なもので、人に迷惑をかけてしまう…と思ったら死ぬことも出来ない。その一歩を踏み出せるか踏み出せないかがメンヘラとメンヘラまがいの境目なんだと思う。

でも、わたしみたいな人はいっぱいいると思う。いないですか?

 

2年以上続けてきたバイトだが、店長が変わり、新しい店長があまりにきつくて、先月辞めたいと主婦の人に相談した。ら、全力で止められてしまった。必要とされているんだ、と思って嬉しかったが、それは「わたし」が必要なのではなく「仕事できる人」が必要なのだと気付いて余計悲しかった。

 

今まで嫌な店長が居なかったわけではない。辞めたいなんて365日中365日考えていたが、こんなことでくじけたらいけないと思っていた。

でも今の店長は、わたしへの当たりが圧倒的に強かった。主婦の人やバイト先の先輩に「あれはパワハラ、理不尽」と言われて初めて「そうなのかな?」と思った。わたしはただわたしがダメで怒られているんだ、わたしのせいだ、と思っていたので、少し嬉しかった。いやかなり嬉しかった。その先輩が普段わたしをバカにしてからかってくるタイプなので余計嬉しかった。

 

まあそんなこんなで今11月は休職という形になった。本当は年明けくらいまで休みたかったのだがそれは許されなかった。なので11日くらい溜まっている有給をフルに消費している。ゴロゴロしてお金もらえるって最高だなあ。

休職とは言ったが、3日に働いてきた。お願いこの日だけ!と言われて断れないたちのわたしは死んだ顔で「はい」と答えるほかなかった。

 

学校はというと、1年生の頃は真面目に通っていたのだが2年生になって教室に行くことが困難になり、国語科準備室(まあカウンセラー室みたいなもん)という部屋で過ごした。スガちゃん、という国語の先生(なかよし)しかいないので気が楽だった。スガちゃんも授業があるので一人になれることも多く、穏やかに生きていた。

…だから出席日数の関係で単位危なかった。最後意地で大泣きしながら授業出た。問題児である。

 

今年はというと、やっぱり国語科に入り浸ってしまっている。うちの学校はいずれの教科も授業数の3分の1を休んだら、たとえ1教科でも問答無用で留年なので母もピリピリしている。

教室にいたら情緒不安定どころの騒ぎではない。さっきまで爆笑していたと思ったら、わんわん泣き始めるのだから先生も困っていると思う。ごめんね。

 

でも、去年よりは落ち着いている。去年は過呼吸になるほど泣いて、それから国語科に駆け込んで国語科のものをかたっぱしからひっくり返して自分の頭を壁にぶつけまくって大声をあげて泣いていた。死ねたらいいのにと思っていた。

なんでこんなに上手くいかないんだろうと、パニックになりながら頭のどこかで思っていた。

 

なんでみんなは落ち着いて座って教室に居られるんだろうと思っていた。不思議で仕方なかった。わたしは障害があるんだろうと思っていた。今も思っている。真偽はわからない。

 

学校もまともに通えないのにバイトと両立なんて出来るはずもなく、こんなことになってしまっている。もう学校もバイトも家も全部投げ捨てられたらいいのに、といつも思っている。

 

学校に通うのも、バイトに行くのも、家に帰るのも苦しくて、考えに考えた挙句「刑務所に入ればいいんだ」と至ったのが、今月の頭。

 

学校で、階段を降りている時、目の前を歩いている人の背中を押して突き落としたら刑務所に入れるかな、と思っていつも手が出そうになっていた。

でもそこで突き落としたら、学校にも迷惑かかるしその子にも迷惑かかるし明日のシフトに穴は開けられない…と結局それも果たせなかった。

 

もう誰でもいいから死んで欲しかった。

 

誰でもいいから殺したかった。自分でも他人でも誰でもいいから。

わたしより幸せなのも許せないし、わたしより不幸なのも許せなかった。誰でもいいからわたしを必要として欲しかった。なにも肩書きのないわたしを認めて必要として愛して欲しかった。(いちおう今は過去形である)

 

「死にたい、殺してほしい」と思う言うけど「自分が死んだ後の周りが見たい」と昔から思っていた。こういう人は多いのではないだろうか?

それは多分、死にたいのもあるけれど、どれだけの人が自分を思っていてくれたのか、どれだけの人が自分を思っているふりをしているのか知りたいからなんだと思う。

 

「死にたい」は「必要とされたい」の別の言い方なんだと思った。わたしの中では。

 

必要とされたいからバイトも辞められずここまで来ているんだと思う。バイトは「必要とされている」と虚無の実感を出来る一番手っ取り早い方法なのだった。

来月からまたバイト三昧だと思ったら今から死にたい。

 

目標を立てておく。今日(11月14日)は、全部授業出る。褒めてね。

 

 

 

お風呂に入らなきゃいけない。今度こそまた明日。

メンヘラの家庭の話

 

どうも。

 

わたしの家庭の話をしようと思う。

どこにでもある3人家族。わたしは1人っ子である。裕福なわけではない。が、超貧乏で給食費が支払えませんみたいなことは今まで経験していない。いわゆる「一般家庭」ってやつだろう。

 

わたしの父は、岡山の良い大学を出ていて、父の家族はエリート一家である。確か40歳。広島に越してきた今はシステムエンジニアをしている。なのに越してくる前は雀荘のバイトであった。お恥ずかしい話である。

父は自分をうつだと思い込んでいる。本当にうつなのかもしれないが、休みの度にパチンコに通い、仕事終わりにもパチンコに通い、エッチな映画を見て過ごしている姿を見るのであんまり信じてはいない。

超のつくクチャラーで常識がなく、すぐに怒る。ヘビースモーカーだし手を上げるし子どもみたいにバカで、私の一番嫌いなタイプをぎゅうぎゅうに詰め込んだような人間だ。勉強ができてもこれじゃあね。

 

父とわたしは血が繋がっていない。母はバツイチなのである。血は繋がっていないが、戸籍上も他人である。父と母は籍を入れていない。なので父とわたしは苗字が違う。

長いこと一緒にいて「お父さん」と呼びはするが、本当に父だと思ったことなんて一度たりともない。

本当にこの人が嫌いで、小2くらいのときに父を刺そうとしたことがある。そのときは周りに迷惑がかかるな、と理性で無理矢理止めたのだが、今思えばあのとき殺しておけばよかったとつくづく思う。

 

次に母。

母は高校中退生である。高1の夏休みに学校を辞めてしまったようだ。

今から書くことは、母にそう「聞かされていた」ことである。

まず、母は小さい頃、妹(わたしからしたら叔母)とふたり揃って両親に捨てられた。それからわたしが今「おばあちゃん」「おじいちゃん」と呼ぶ人の家に拾われ、大人になり結婚するもDVとわたしへの虐待で離婚。今の父と出会い、今に至る。

 

そしてこれから書くことは、母の周りから「聞いた」ことである。

母は幼い頃両親に捨てられ引き取られ(ここまでは同じ)、それからしばらくして一旦捨てられた家に帰った。しかし喧嘩してまた家を出た(このタイミングで高校を辞めた)。

 

もう何を信じたらいいのかさっぱり。

そして18年間生きてきて、今年の夏くらいに弟が二人いることを知った。どうしてかはわからないけれどショックだった。

 

うちの両親はこんな人である。昔から共働き。母は元気に薬局のパートをしている。

 

うちは両親がよく喧嘩をする。ただの口論なのだが、それがすごく怖くて苦手だ。「お前」とか「は?」とか「うるせえ」とか言い合っているのを聞くと、怖くてそわそわしてしまう。トラウマなのかもしれないが、なんでトラウマなのかもわからない。

 

あと、昔はよく手を上げられていた思い出がある。最近はそんなことないが、昔はよく両親に叩かれたり首を絞められたりしていた気がする。広島に越してきたのは小3なのだが、広島に越してきてからも手を上げられていて腰を抜かすほど泣いた覚えがある。

手を上げるというより「しつけ」なんだろうが、叩かれることがすっかり苦手で怖くなってしまい、誰かが手をふっと上に上げるだけでもビクッとして心臓がバクバクしてしまう。

 

そういえば、幼い頃の楽しい記憶がほとんどない。嫌なことしか覚えていない。被害妄想の激しい都合のいい頭である。

 

話が逸れた。

昔も今も、母や父に反論することは出来ない。怖いからである。「クソババア」なんて口が裂けても言えない。殴られたりするのが怖いからだ。ふてくされることはあるが、壁を殴ったりものを投げたり出来ない。怒られるからだ。わたしにとって両親は鬼より怖い存在である。この人たちには逆らえない。

だから小学生のころは自分を引っ掻きまくったり髪の毛を毟ったりしていた。中学生の頃はリストカットをした。今は声を殺して大泣きしながらツイッターをしている。

 

そうそう、母が実母と関わりたくないとか、父と見届だとかで、わたしの大学進学はパァになってしまった。京都の大谷大学の哲学科に行きたかったのだが母は猛反対。学費は1円も出さないと言うので、奨学金を取って行くと言ったら、保証人になってくれる人がいない、実家に頭を下げに行くのは嫌だと言われて進学は不可能になってしまった。時期が遅かったため就職もほぼ無理で、フリーターへ。

 

学校の先生は「努力すればなんでもできる、人のせいにするな」と言ってくるんだが、じゃあお前が金出してわたしを大学に行かせてくれ、と思った。わたしが努力しても母が捨てられたことには変わりないし、朝から晩までバイトしてそれから3時4時まで勉強したのにダメだったんだからもう何も言ってくるな、死ね。

 

まあそんなこんなでわたしは全部人のせいにして生きている。一秒でも早く家を出たいのだが、親は許してくれない。お金もないのにどうするんだ、が定型文である。でもニートとフリーターは家に置かないと父に言われたのでどうしたらいいか聞くと、月に3万を家に入れたらいいそうだ。金払って嫌な環境にいるほどマゾではないので、無理矢理家を出ようと思っている。ツテがあってよかったとつくづく思う。

 

長くなってしまった。まとまらないのでこのへんで。また明日。

メンヘラが日記を書こうと決意した話

メンヘラであってもなくても、私は昔からすぐ飽きてしまうタイプだった。

買った日記の数はおそらく50冊近いと思う。いやマジで。

小中学校でよくある、先生との交換日記みたいなやつも、3日書いたら満足して出さなくなって怒られた。

そんな私がなぜまた日記を書こうと決意したかと言うと、

言いたいことが言えないから、である。

自分の気持ちがいまいちわからない。だからこれを書きながら気持ちをまとめよう、という魂胆。

明らかに何かが不安で何かに不満があって何かから逃げたくてなぜか苦しいのに、何が不安で何に不満があって何から逃げたくてなぜ苦しいのかがさっぱりわからない。だから余計に苦しい。

 

ひとまず自分のことから書こうと思う。

18歳、花も恥じらう女子高生である。田舎でだらだら生きている。

アイドルや音楽が好きで、18年間生きてきて16年半くらいドルヲタをやっている。元モーニング娘。亀井絵里ちゃんが大好き。超かわいいので要チェック。

 

メンヘラとは言ったものの、メンヘラらしいことは一つもしていない。今現在私の手首はまっさらである。むろん、足も。病院に通っていることもないし、薬がなくても眠れるし、ODしまくっていたり首を吊ったりしていることもない。リストカットは小~中学生のころにしていたのはしていたが、今はしておらず、しなくなった理由はまた後か別の記事で書こうと思う。

 

このように、わたしはたぶん「メンヘラ」ではない。メンヘラの人に失礼なくらい。でも、心身ともに健康というわけでもない。自殺願望はバリバリにあるし、学校にもまともに行けていない。

 なんだか自分がよくわからないので、「メンヘラ」というくくりに入れてもらおう、というわけだ。

 

余談だけれど、今これを書いて気付いたことがある。自分はたぶん何かの型にはまっていたいんだと思う。自分の肩書きが欲しいんだと思う。

「高校生」「バイト」「メンヘラ(まがい)」「ツイ廃」「ドルヲタ」

自分の肩書きはこんなもん。高校はもうすぐ(できたら)卒業だし、卒業したら今のバイトはやめてしまう。なにもない自分では誰も必要としてくれない、と思って、少しでも自分のハッシュタグが欲しいのだ。

 

話を戻さなきゃ。

メンヘラにもなりきれず健康でもないわたしがどうにかこうにか生きている報告をするだけのサイトなのでお願いだから叩かないでね。

 

「死にたい」と思わない日はない。どんなに良い日でも、死にたいと思わない日は一日たりともない。でも、生きる理由があるので頑張って生きているわけである。死ねない、という言い方もできるけれど、生きなきゃいけない、のほうが適切かもしれない。

 

死にたい死にたいと言うけれど、死ぬのは怖い。首吊り、飛び降り、エトセトラ…と自殺方法は腐るほどあるが、失敗したときを考えたら死ねない。一生首から下を動かせなくなって自殺すらできなくなったら…と考えたらまさしく生き地獄で、ツイッターと推し事が出来ないのはつらい。だから今日もわたしは生きてます。よろしく。

 

なんとなくお察しかとは思うが話をまとめるのは苦手で思いつくことを勢いでガーッと書いている。偏差値が38の高校なので大目に見てください。

 

あと何か書いてないっけ。わかんないな。

家庭はボロボロだけど正常に機能している。こういう微妙なところがメンヘラまがいたるゆえんなのかもしれない。

いち早く家を出たい話とか書きたいことはたくさんあるからまた別の記事で書こうと思う。

 

小指がつりそうなのでこのへんで。また明日