チラシの裏でやれ

ただのひとりごとです

メンヘラの生活の話

 

なんだか頭がカーッとしているのでもうひとつ書こうと思う。

 

わたしは今バイトをしている。これが死ねない理由(生きる理由ではない)であり、リストカットができない理由である。

高1の夏から始めたバイトはなかなか辞められなくなっており、8連勤して1日休んで5連勤したりしていた。大したことないと思わないでねしんどかったの。

 

某飲食店とだけ言っておく。高校行きながら働いて1日オフの日がほぼない生活が続いていたので、わたしはすっかり社畜に育て上げられてしまった。

 

リストカット出来ない理由は、制服が半袖だからである。飲食業でリスカの傷があっては働けない。

死ねない理由は、シフトが入っているからである。シフトに穴を開けて人に迷惑をかけるわけにはいかない。

そんな理由でわたしは死ぬことができない。本気で死にたいと思っていたのだが、明日のシフトは新人ばっかりだったしな…とか思ったら、次の日死んだような顔をしてバイト先に向かうのである。

 

笑い事ではない。

 

いや笑い事なのだが、わたしにとっては笑えない。理性とは邪魔なもので、人に迷惑をかけてしまう…と思ったら死ぬことも出来ない。その一歩を踏み出せるか踏み出せないかがメンヘラとメンヘラまがいの境目なんだと思う。

でも、わたしみたいな人はいっぱいいると思う。いないですか?

 

2年以上続けてきたバイトだが、店長が変わり、新しい店長があまりにきつくて、先月辞めたいと主婦の人に相談した。ら、全力で止められてしまった。必要とされているんだ、と思って嬉しかったが、それは「わたし」が必要なのではなく「仕事できる人」が必要なのだと気付いて余計悲しかった。

 

今まで嫌な店長が居なかったわけではない。辞めたいなんて365日中365日考えていたが、こんなことでくじけたらいけないと思っていた。

でも今の店長は、わたしへの当たりが圧倒的に強かった。主婦の人やバイト先の先輩に「あれはパワハラ、理不尽」と言われて初めて「そうなのかな?」と思った。わたしはただわたしがダメで怒られているんだ、わたしのせいだ、と思っていたので、少し嬉しかった。いやかなり嬉しかった。その先輩が普段わたしをバカにしてからかってくるタイプなので余計嬉しかった。

 

まあそんなこんなで今11月は休職という形になった。本当は年明けくらいまで休みたかったのだがそれは許されなかった。なので11日くらい溜まっている有給をフルに消費している。ゴロゴロしてお金もらえるって最高だなあ。

休職とは言ったが、3日に働いてきた。お願いこの日だけ!と言われて断れないたちのわたしは死んだ顔で「はい」と答えるほかなかった。

 

学校はというと、1年生の頃は真面目に通っていたのだが2年生になって教室に行くことが困難になり、国語科準備室(まあカウンセラー室みたいなもん)という部屋で過ごした。スガちゃん、という国語の先生(なかよし)しかいないので気が楽だった。スガちゃんも授業があるので一人になれることも多く、穏やかに生きていた。

…だから出席日数の関係で単位危なかった。最後意地で大泣きしながら授業出た。問題児である。

 

今年はというと、やっぱり国語科に入り浸ってしまっている。うちの学校はいずれの教科も授業数の3分の1を休んだら、たとえ1教科でも問答無用で留年なので母もピリピリしている。

教室にいたら情緒不安定どころの騒ぎではない。さっきまで爆笑していたと思ったら、わんわん泣き始めるのだから先生も困っていると思う。ごめんね。

 

でも、去年よりは落ち着いている。去年は過呼吸になるほど泣いて、それから国語科に駆け込んで国語科のものをかたっぱしからひっくり返して自分の頭を壁にぶつけまくって大声をあげて泣いていた。死ねたらいいのにと思っていた。

なんでこんなに上手くいかないんだろうと、パニックになりながら頭のどこかで思っていた。

 

なんでみんなは落ち着いて座って教室に居られるんだろうと思っていた。不思議で仕方なかった。わたしは障害があるんだろうと思っていた。今も思っている。真偽はわからない。

 

学校もまともに通えないのにバイトと両立なんて出来るはずもなく、こんなことになってしまっている。もう学校もバイトも家も全部投げ捨てられたらいいのに、といつも思っている。

 

学校に通うのも、バイトに行くのも、家に帰るのも苦しくて、考えに考えた挙句「刑務所に入ればいいんだ」と至ったのが、今月の頭。

 

学校で、階段を降りている時、目の前を歩いている人の背中を押して突き落としたら刑務所に入れるかな、と思っていつも手が出そうになっていた。

でもそこで突き落としたら、学校にも迷惑かかるしその子にも迷惑かかるし明日のシフトに穴は開けられない…と結局それも果たせなかった。

 

もう誰でもいいから死んで欲しかった。

 

誰でもいいから殺したかった。自分でも他人でも誰でもいいから。

わたしより幸せなのも許せないし、わたしより不幸なのも許せなかった。誰でもいいからわたしを必要として欲しかった。なにも肩書きのないわたしを認めて必要として愛して欲しかった。(いちおう今は過去形である)

 

「死にたい、殺してほしい」と思う言うけど「自分が死んだ後の周りが見たい」と昔から思っていた。こういう人は多いのではないだろうか?

それは多分、死にたいのもあるけれど、どれだけの人が自分を思っていてくれたのか、どれだけの人が自分を思っているふりをしているのか知りたいからなんだと思う。

 

「死にたい」は「必要とされたい」の別の言い方なんだと思った。わたしの中では。

 

必要とされたいからバイトも辞められずここまで来ているんだと思う。バイトは「必要とされている」と虚無の実感を出来る一番手っ取り早い方法なのだった。

来月からまたバイト三昧だと思ったら今から死にたい。

 

目標を立てておく。今日(11月14日)は、全部授業出る。褒めてね。

 

 

 

お風呂に入らなきゃいけない。今度こそまた明日。